●2号室 さらば、友よ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

お隣の杉本が、卒業と同時に遠くへ引っ越す事になった。彼とは幼稚園からの
付き合いだっただけに、とても残念だ。その事を言ったら、杉本は悲しそうに眉を
寄せた。
「僕だって生まれてからずっとこの街で暮らしてきたし、君と離れるのもとても
悲しいよ。でも……仕方がないんだ。父さんの仕事の都合だから」
「君だけ残る事は出来ないの?」
そう聞くと、彼はますます悲しそうに首を左右に振った。
「出来ればそうしたかったけど、僕はまだ親の手を借りなければ生きていけない
 子供だし、何より母さんの事放って置けないから。……分かるだろ?」
「うん。君のお母さん、病弱だものね。国が違うからかな、肉体的にも精神的にも弱って
きてるって。今回のお父さんの転勤も、それが理由なんだろ」。
「そうなんだ。母さんの 故郷に支店が出来るって話が前々からあったんだけど、
完成したらすぐにでも行きたいって父さんが言ってたんだ」
「お母さんの為の転勤か。君が普段仕事バカだなんて言ってたからどんな人かと
思ってたけど、良い人じゃないか」
「どうかなぁ。案外母さんの為じゃなくて、母さんの故郷で働いてみたいだけかも
しれないよ」
「そんなに珍しい所なのかい? 君のお母さんの故郷って「
「言ってなかったっけ。僕の母さん、実は……」
「モー!引越しの準備は出来たのか−!」
「今行くよ!」
まったく、あの仕事バカ……と毒づいてから、杉本は我輩(わがはい)の方を見た。
「明日で本当にお別れだね。寂しくなるな」
「何言ってるんだ。遠くに引っ越すからって 一生会えなくなる訳ではあるまいに。
「そう……だと、いいね」
杉本は意味深な言葉を 残して、もうすぐお別れになる家の中へと入っていった。
そう言えば、一つ聞きそびれてしまったな。彼のお母さんの故郷って、一体どんな
ところなんだろう。まあ、良いや。今は杉本に送る餞別を何にするのか考えるのが先決だ。
ずっと大切にしてもらえる物が良いな。そうだ、あれにしよう。
そして、引越しの日がやってきた。卒業式を終えたばかりの杉本は、学ランにピンクの
花をつけていた。その右手には卒業証書の入った筒と、我輩が上げた餞別。
杉本は手の中の物と我輩の顔を交互に見ながら、遠慮がちに聞いてきた。
「ねぇ、これ本当に僕がもらっても良いの? 君が とても大切にしてた物じゃないか」「だから、
渡すのさ。色々考えたんだけど、友情の証しになるものって、やっぱり大切なものじゃないかと思って」
「友情の証、か。そうだよね、僕達ずっと友達だものね」
杉本は我輩があげた古びたメンコをそっと握った。
「ありがとう。大切にするよ」大人になったら、必ず会いに行くよ。
そう言い残し、杉本は引越しのトラックへ乗った。
(行ってこい、我が友よ。我輩は君の 幸せと活躍を、ずっと祈っている)
数ヶ月後。その友から手紙が来た。我輩はそれを見て、全てを悟った。杉本の
お母さんの故郷がどこなのか。一生会えないわけじゃないと言った我輩に、言葉を
濁らせていたのも。手紙の住所には、こう書いてあった。“火星××−○○”
「まぁ、お隣の杉本さん火星に引越ししたのね。すごいわぁ、まだまだ居住区も土地が
 高いのに」
母さんが隣でしきりに感心してる中、我輩は手紙に入っていた写真を見ていた。
良かった。杉本もお父さんもお母さんも、元気そうだ。と、肩の力を抜いた所で 
我輩は母さんに首根っこをつかまれてしまった。
「コラ、シェリー! 駄目よ、写真に じゃれついちゃ」
(見ていただけなのにどうしてそういう解釈をするかな、母上よ)
言葉が通じていないと分かっていても、我輩はつい抗議をしてしまう。
「ニャー!」しかし、困ったなぁ。杉本が火星に行ったとなると、彼が帰ってくるまで
我輩は生きて いられるだろうか。なんたって我輩は白猫シェリー。寿命は人間よりも
短いのだ。まあ なんとかなるだろう。きっとあの友情の証が、我輩と杉本を結び付けてくれるに
違いない。友との再会を夢見ながら、我輩は縁側で伸びをした。
 
 
 
 
 
ロビーに戻る
 
 

 
[PR]動画