●1号室 口を利きたかった若いポプラ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 ある国の小さな町のまんなかに、小さな公園がありました。
公園には、子どもがまりつきをしたりできるくらいの広さの空き地と、
それから白いベンチがあるだけでした。ベンチの後ろには、たった一本、
ポプラの木が立っていて、空き地に 涼しい影を投げかけていました。
町の人たちは、ときおり気が向くとこの公園にやってきて、ベンチに
腰をおろしました。そして青い空と、白い雲を見上げては、
つぶやくのでした。「ああ、なんて美しい空のいろだ!なんてここちよい
雲のながれだ !お日様はぽかぽか、なんてわたしたちはさいわいなのだろう!」
それからひとやすみすると、またそれぞれの仕事に帰ってゆくのでした。
でも、ベンチのうしろで葉をそよがせているポプラのことには、だれも
気がつきませんでした。
 
 ポプラは、まだ若い木でした。すらりとして背が高く、どこまでも
遠くを見とおせました。ポプラは、町の人たちが好きでした。だから
ひとびとの行き来を、葉をそよがせながら黙って楽しそうに眺めて
いました。誰もじぶんのことに気が つかなくても、しあわせなひとを
見ているとポプラもしあわせでした。
 
 ある夕ぐれのことでした。あどけない少年がうつむきがちに歩いてくると、
ちょこんと ベンチにすわりました。少年はもの思いにふけって
いるようでした。そうです。少年は 子犬を探していたのです。
かわいがっていた子犬が、きのうからどこかへ行って しまって
いないのです。少年は、一日中、町の中を歩き回りました。
それでも子犬は見つかりませんでした。「ああ、ぼくの子犬。
きっとおなかをすかせているのに違いないのに」少年はためいきを
つきました。少年の背後で、ポプラはそっと背伸びを しました。
 
 背の高いポプラの目には、遠くの町の光景が見えてきました。少年の
探している子犬、その子犬が、街角のハンバーガー屋さんの店先に
いるところが見えました。子犬は、お店のひとから売れ残りの
ハンバーガーをもらって、小さなしっぽをふりながら食べていました。
やがておなかがいっぱいになったらしく、こちらの公園に向かって
ちょこちょこと歩いてきます。ああ、そのことを、このときポプラは、
少年に知らせてあげたくてしょうがなくなりました。でもポプラには、
人間のことばが話せません。ポプラは一心に身をよじって、ざわざわと
葉をそよがせました。少年は、このとき初めて、ベンチのうしろの
ポプラのことに気が つきました。
「あ、ポプラ・・・。おまえ、ぼくになにかいったの」
 
 少年はこくびをかしげて、ポプラに話しかけました。ポプラはこのとき
とばかり、けんめいに枝を鳴らし葉をゆすりました。
(きみの子犬はすぐそこにいるよ。こっちへ向かっているよ もう少し
したらこの公園にやってくるよ)
そういっているつもりでした。けれども少年には、木のことばが
わかりません。しばらくじっとポプラを眺めていましたが、やがて
つぶやきました。
「なあんだ、風が起きて木の葉をゆすっただけか。ああ寒い。
もうゆうぐれだ。そろそろ帰らなくては。お母さんが心配する」
 
 そうして少年は、公園をあとにして、さびしそうにおうちに帰って
ゆきました。公園がからっぽになったとき、子犬がやってきました。
くんくんと 鼻をならしてあたりをかぎまわると、やがてベンチの上に
ちょこんと飛びのり、身を固くまるめました。あたりはもうすっかり
暗くなっていました。子犬は今夜はここで一晩をすごすつもりの
ようでした。ポプラは葉をたらして立っていました。それからもう一度、
はげしく身をゆさぶると、何枚もの何枚もの木の葉を、子犬のうえに
降らしました。木の葉は、子犬のからだのうえに積もると、あたたかく
子犬をつつみました。ポプラがしてあげられるのは、たったそれだけの
ことでした。                                                             

 
 
 
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